母の日。祖父母の家に行った。
母が祖母の肩にカーディガンを掛け、カーネーションを手渡す光景。言葉を交わす光景。母が母の日を過ごす、限られた時間。
祖母は随分意識がはっきりしている。一時はどうなることかと思ったが。一方祖父は、寝ているのか起きているのかもわからない状態。でも目を開け、私の姿を見ると、名前を呼んだ。私のことがまだわかるようで、ほっとした。
今日、催し物でギリシア神話の「パンドラ」が語られるのを聞いた。
箱に込められていた「苦しみ」、その中に「老い」があった。本来、人は皆不老不死だったのだが、パンドラが箱を開けてしまったことによって苦しみが世に放たれ、人は老いるようになったというのだ。
老いは苦しみ。確かにそうだと思う。私の老いなどまだ序の口だろうが、それでも、グラス一杯のオレンジジュースを一気飲みしただけで胃がもたれ、吐き気に見舞われたのには悲しくなった。年々、腰や膝に痛みを感じる機会が増える。ライブ会場や劇場で客席を見渡すと、自分より若く可愛い子がどんどん多くなる。先日、自分の顔にシミがあることに気がついた。見慣れすぎていて認識できていなかったのだが、ある日を境に、自分の左頬にあるそれがシミであると、急に悟った。
今日、祖母がこう話していた。「年を取ると、出来ないことが増える。情けないほどに。ときどきね、涙が出るよ。嫌になるね」
「若い」と言われなくなることが怖い。老いることが怖い。いつかこの恐怖を克服できるのだろうか。
母の日なのに、そんなことを考えていた。